水底に沈んだアウトサイダー - 海に消えた怪物 メディア王マクスウェルは現代史の黒幕たらんとしたのか

 ロバート・マクスウェルの人生はまるで小説のようだ。

 チェコスロバキアの貧しいユダヤ系の家庭に生まれ、ナチスドイツによって家族を皆殺しにされる。難民としてイギリスに逃れると、イギリス軍に入りノルマンディー上陸に参加。ベルリン占領中に科学出版社のイギリスでの販売権を得て出版業に進出。40代ですでに大富豪となっていた彼は労働党から庶民院議員に立候補し当選。どんどんと事業を拡大し、遂には20世紀初頭に創刊されたイギリスの最も影響力のある新聞の一つであるデイリー・ミラー紙を擁するミラー・グループ・ニュースペーパーズを買収し、一大メディア帝国を築き上げる。しかし、彼の無謀な買収や犯罪まがいの資金調達によって経営は危機的状況に。あげく自らが所有する豪華ヨットから転落し、急死する。

 トム・バウアーの『海に消えた怪物 メディア王マクスウェルは現代史の黒幕たらんとしたのか』は、波乱に満ちたロバート・マクスウェルの人生を緻密な取材によって明らかにしている。そこから現れるのは、何人もの人生を一人で送ったようなメディア王と呼ばれた男の金と権力への執着だ。

 成功者としての自分をアピールする機会を逃さなかったマクスウェルだったが、バウアーの取材によればマクスウェルは単なる成功者ではない。何度も危機に陥りながらも、まるで不死鳥のごとく蘇ってきたのが彼の実像だ。ある時は詐欺的な手法で会社の主導権を握り、またある時は手を付けてはいけない金に手を付けて買収を仕掛ける、彼は常に誰かと戦い、争わずにはいられなかった。

 「このハンターは四十五年にわたって世間に自分を認めさせようと全力をあげてきたが、いまなおアウトサイダーのままだ。イギリスのみならず全世界に君臨する夢をいだいて、人生のの残り四分の一に賭けている。残る時間はわずかだ。歴史の脚注ではなく、歴史の一章として自分の名を残すことを決意したからだ。」

 ある人は彼の人生を見て思うだろう。どこかで立ち止まることはできなかったのか、と。どこかで一度休み、それまで築いてきた宮殿のほころびを修復することはできなかったのか、と。しかし、彼にそれを問うことは無意味だ。彼の目標は「歴史」となることだったのだから。そのためには、事業は拡大するに越したことはないし、庶民院議員など権力に入り口に過ぎない。まだだ、まだだ、まだだ・・・

 金と権力を求めたあげく、人生を破たんさせてしまったマクスウェルは、まるで星新一の小説で、悪魔に金貨をねだりすぎたために金貨の重みで足元の氷が割れて湖底に沈んでいった男のようだ。しかし、それでも私たちはマクスウェルに魅力を感じてしまう。それは、あまりにも常軌を逸した欲望に、一種の羨ましさを感じるからなのだろう。

 「本人が亡くなったいま、新聞の財務欄を開いてマクスウェルの最新の動向を追う楽しみがなくなってしまったため、生活にぽっかり穴が開いたように感じている。」

 彼が生きている間から取材を始め、数々の妨害を受けてきたバウアーも、マクスウェルの死に特別な思いを抱かずにはいられない。味方にも敵にも強い影響を与えたマクスウェルは、死して望み通り、歴史の一部となり、多くの物好きな人間を魅了し続けている。

【海に消えた怪物 メディア王マクスウェルは現代史の黒幕たらんとしたのか/トム・バウアー】


本棚綱目。

収集した本たちの博物誌的まとめ。

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