アンドレ・モーロワは英雄ではない - フランス敗れたり

 アンドレ・モーロワは英雄ではない。

 レジスタンスが自分たちの祖国を占領したドイツ人と戦っている間、彼はフランスにはいなかった。多くの市民が屈辱に耐えていたとき、彼はパリにはいなかった。

 戦争を知らない人間には、非難をする権利はないかもしれないけれど。しかしやはり、レジスタンス活動に身を投じ、ゲシュタポに処刑されかけ、ストラスブールで戦ったアンドレ・マルローとは違い、彼は英雄ではない。

 それでも彼は愛国者だ。

 フランスという国を愛していた。

「フランスの一般の人たちってほんとに素晴らしいと思いますわ」と私の妻は言った。

「素朴で勇敢なのよ。こんなに立派な人たちがどうして戦争に負けたんでしょうかしら?」

「人間というものは」と私は答えた。「機械にかかっちゃどうにもならんのさ・・・」

「あたし今となっても信じられませんわ」と妻は言う。「ドイツ軍がパリに入城するだろうなんてこと・・・」

 アンドレ・モーロワの『フランス破れたり』で描かれるフランスを信じる人々の声は、ほんのりとした諦めと投げやりさに包まれている。一つの砦を更地にしてしまうほどの激戦を戦い抜いたフランス軍は、驚くほどあっさりとドイツの電撃戦によって駆逐されてしまった。ドイツがベルギーとオランダに兵を進めてからたった1か月半でフランスは降伏した。パリを無防備都市として宣言し、その支配権をドイツに譲った。

 モーロワはなぜフランスがこんなにもあっさりと破れたのかを、様々な観点から論じている。そこに書かれた敗北の要因は、どれもあまりにも人間臭いものだ。

 労働者と資本家の対立によるサボタージュ、官僚政治、ドイツに貸し付けた金を無駄にしないためにドイツとの協調を信じる財界、観念的な平和を信望するインテリ層、政争をやめられないダラディエとレノーの個人的衝突、そして彼らの政策に口を出す愛人。どれもあまりにも人間臭い。どれだけ戦術を研究しても、どれだけ機関銃を大量生産しても、戦争はやはり人間と人間の戦いである。そのような意味で、フランスは敗北したのだ。あるときモーロワはある将軍に尋ねた。火炎放射タンクや急降下爆撃といった新しい戦術に兵を馴れさせる訓練をなぜやらないのか、と。

「兵が戦場で初めてこの種の攻撃を経験すれば」と私は言った。「彼らは恐怖に襲われるでしょう。それに反して、もしも、兵が前もって、そうした場合の光景というものに馴れていれば、印象の新奇さは遥かに薄いんじゃありませんか?」

「君の意見は全く正しい」とその将軍は答える。「余もその点を上層部に対して度々希望したのであるが、しかし、戦車による演習は畑の作物を駄目にするから、政府当局が反対するという返事であった」

 モーロワはフランスができたのにしなかったこと、防げたのに動かなかったことを次々と明らかにする。ドイツ軍は突然フランスに攻めてきたかもしれないが、敗北は突然フランスを襲ったわけではない。フランスは自ら、戦いに勝つことを放棄したのだった。モーロワにはそれがわかっていた。

 しかしやはり、モーロワは英雄ではない。フランスがフィリップ・ペタンに全権を与えると決議した4日後、モーロワはイギリス児童の避難船に乗り、カナダへと向かう。彼が戦場で英仏の海戦を嘆いている間、祖国を守るために銃をとり捕虜となったアンドレ・マルローは脱走の準備をしていたのだ。

【フランス破れたり/アンドレ・モーロワ】


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