11セントで「ちゅうせいをちかう」 - ナチ占領下のフランス

 先生はこわくてふるえていた。

 子どもたちはとてもこわかった。へいきでいるのはジョニーだけだ。ジョニーはきょうしつの入り口のドアを、ぐっとにらみつけた。にくらしいと思う気持が、おなかの底からわいてくる。負けるものかと思った。

 九時二ふんまえだ。

 『23分間の奇跡』ジェームズ・クラベル


 九時二ふんまえにいるのが私たちだとしたら、この物語の結末を知る私たちは何ができるだろう。

 集団心理の恐ろしさ、思想が教育によって変えられてしまうことの恐ろしさを描いたこの物語を、イギリスの作家ジェームズ・クラベルは、5歳の娘とのやり取りをきっかけに書いた。クラベルの娘は言った。「お父さん、ねえ、あたし、こっきにちゅうせいをちかうのよ」そして何かもごもごと口にした後で10セントを父に要求する。なぜなら、彼女の学校の先生がそう言ったからだ。きちんと覚えれば、親が10セントをくれる、と。

 クラベルは娘に訊く。「ちゅうせいとちかうって、どういう意味か知っているのか」彼女は知らない。先生は、それは教えてくれなかった。

 先生はなぜ教えなかったのか。「こっきにちゅうせいをちかう」ことが10セントの価値しかなければ、彼女は11セントくれる相手に「ちゅうせいをちかう」かもしれないのに。

 先生は少なくとも、彼女が九時二ふんまえに立つことがあるとは考えなかった。


 ペタンは、「自由・平等・友愛」に代えて、「労働・家族・祖国」のスローガンを掲げた。・・・国民革命は青年と家庭と労働という三つの回路をとおして伝えられた。青年と家庭を媒介する装置は学校であった。


 フランスが敗戦によって対独協力者とレジスタンスに分裂した時代を描いた渡辺和行の『ナチ占領下のフランス 沈黙・抵抗・協力』は、「抹殺すべき4年間」と呼ばれるヴィシー時代のフランスの様子を鮮やかに描いている。

 ヴィシー時代、フィリップ・ペタン元帥がヒトラーにパリを占領されたフランスで「救世主」として市民の熱狂とともにフランス国主席となってから、目を掛けたド・ゴールに犯罪者として憚れるまでの4年間。「フランスはペタンであり、ペタンはフランスである」と称賛されたペタンの神話が築かれ、崩れ去るまでの4年間。

 フランスの子どもたちはその間、「労働・家族・祖国」のスローガンのもとで教育を受けた。革命で勝ち取った自由は、個人主義を助長し敗戦を招いたとして否定され、祖国への献身が教えられた。常識であったはずの政教分離もまた否定され、多くの子どもたちが道徳的再興を掲げるカトリック教会の指導を受け、キリスト像が生徒を見下ろす教室で学んだ。共和政そのものが否定された。

 そしてまた、ペタンが主席から引きずり降ろされたことで、ヴィシー時代は否定され、「労働・家族・祖国」を掲げたフランス国は「なかったこと」になった。今のフランスはほんの70年前の記憶を忘れてしまったかのように、戦勝国として戦後の世界を生きている。

 子どもたちは、体制が変わるその度に、新しい体制に「ちゅうせいをちかう」ことを要求された。ヴィシーもド・ゴールもそれぞれが11セントのスローガンを掲げて、子どもたちも、大人たちも、自分たちのものにしようとした。


 先生は、この学校の、いや、この土地の、すべての子どもたち、すべての男や女たちが、おなじ信念をもって、おなじような手順のもとに、教育されていくであろうことを思うと、胸があつくなるのだ。・・・

 先生は、うでどけいを、ちらと見た。

 九時二十三ふんだった。


 今のままでは、結局子どもたちは九時二十三ふんには教育されてしまうのだろう。それは、私たちが自分たちの都合の良いように都合の良い記憶を選んできた、その当然の結果だ。11セントで「ちゅうせいをちかう」子どもをつくらないためには、いつでも九時二分まえに立っている気持ちで、私たちは判断をしなければならない。

【ナチ占領下のフランス 沈黙・抵抗・協力/渡辺和行】


本棚綱目。

収集した本たちの博物誌的まとめ。

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